徒然

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顧客第一主義の害

この記事は 2017年7月に書かれた記事です

 

 近頃の問題を色々と考えてみると、どうも日本の顧客第一主義が様々な問題の元凶ではないのかという考えにたどり着いた。 例えば、労働問題。日本において、長時間労働が問題とされているが、この問題は、顧客第一主義という点から、客が便利だから、客に迷惑をかけてはいけないからといった客のことを何よりも考えていった結果、労働者側にいろいろなしわ寄せがきて、どうしようもない方向、例えば、過労死、に向かっていっていると思われる。
 また、モンスターペアレントについても、顧客第一主義によるものではないかと思われる。
 いわゆる義務教育というのは、行政が提供するものであり、子どもが権利として享受し、親は義務として子供に受けさせるものである。教育内容及び方針の決定は親と行政がともにアクセスしうるものである。
 そういった教育は今や、行政が提供する"サービス"という要素が強くなり、学校の教師がサービス提供者で、親、子どもが顧客ということがより一層強くなったと思われる。そこで、顧客第一主義で、顧客としてわがままを言ってきた親は(子どもは、まだそこまで浸透していないのでは...)、自分のわがままを通そうとする。行政サイドとすれば、問題を起こしたくない、うるさく言われては困るとわがままを認めてしまう。
 こうして、わがままが通るという顧客第一主義によって、わがままの負の連鎖が続いているのではないかと考える。そのようにして、日本人は我慢を知らない人たちになっていくといえる。
 お客様は神様ですというワードに代表されるように、企業やお店は、顧客を大切にするのは当たり前である。ただ、だから、わがままにしていいわけではない。質の高いサービスが受けられるのは当たり前ではない。当然ではないのである。
 アメリカにはチップの文化がある。チップはサービスに対する対価的意味合いがあると言われる。アメリカ人にどれだけの意識があるのかはわからないが、サービスへの対価としてチップを支払うことで、そのサービスは当たり前ではないという意識が生まれるのではと思う。そういう意味で、日本ではわざわざチップは支払わないが、それがサービスを当たり前とさせる一要因かもしれないと思う。
 お店でウェイター、ウェイトレス、従業員に怒鳴る客がいる。何があったかは知らないが、怒鳴る客がいる。先日、私が見た客は、足の横幅が大きいから、その靴よりあの靴のほうがフィットするというように、客に勧めたら、客が足にケチつけるのかとよくわからない理由で怒り出した始末であった。客だから、なんでも言っていいんだ...そんなはずあるわけない。この場合は、客のことを思い、勧めてるし、事実横幅が広いのだろう。何がケチなのか全くわからない。そもそも怒鳴るというのはいかがなものか。怒鳴るというのは暴力といえる。どつく、殴る、蹴るは代表的な暴力であるが、怒鳴るというのは、無形に近い暴力である。この認識も日本には薄すぎる。ということは、客が怒鳴るというのは、客が従業員をどついてるのと一緒。
 顧客第一主義をやめて、どんな客も大切にするスタンスはやめるべきだ。このように、人をどつく、怒鳴る客は、もはや客とは言えない。だって、もうそのお店行かないでしょ。それに、得られる利益をはるかに上回る不利益がある。じゃあ、そんな客切ったって大丈夫だし、切るべきだ。
 顧客第一主義が生む弊害は大きい。